陸上競技場100周年記念

柏崎市陸上競技場ができて100年が経ちました。現存する公認陸上競技場で最も歴史がある競技場です。スポーツのまち柏崎としてのまさにシンボルとなる場所です。

今日はその陸上競技場100周年の記念式典が行われました。600人を超す市民が集まり、子どもたちのダンスを観て、ラジオ体操をし、100という人文字をつくりました。この競技場は、柏崎の体育の父といわれる坂田四郎吉先生が健康増進とスポーツの振興を目的につくりました。ここからは多くのオリンピアンも巣立ちました。柏崎市長にもなった今井哲夫さんもその一人です。

私もこの競技場にお世話になった一人です。柏崎小学校、第一中学校、柏崎高校と、体育祭はすべてこの競技場でしたし、体育で陸上種目のときもこの競技場で授業をしました。この競技場は私が高校生の時まではまだ土のグラウンドでした。土といってもトラックは石炭がらがまいてあり、はだしで走ると痛かったです。そして何よりの思い出は、中学校のときに行った大会前のグラウンド整備です。今のようにレーンがひいてあるタータンのトラックではありません。土のトラックでしたので大会前はレーンごとのラインを引かなければならないのです。それを引くのが大変だったのです。まず、太い鉄のパイプに8レーンの幅ごとに突起がついたものを20人くらいで押してグラウンドに8つのレーンの線を付けていったのです。グラウンド1周を太くて重いパイプを雑巾がけのように押していくのです。当然交代しながらでしたが、その大変さは恐怖でもありました。その線の上に石灰でラインを引いたのです。それもコロコロとラインカーで線を引くのではなく、板に隙間が開いていてその隙間に石灰を落として線にしていく引き方です。コーナーはレーンごとに角度が異なっていますので、そのレーン専用の板があり、それを並べて石灰を落としていきます。…まあ、大変でした。それでも当時は陸上部員が各中学校にたくさんいましたので、近隣の選手が集まって、大会前日に準備していました。

以上が私の思い出です。ですから私は今のタータンのグラウンドで競技をしたことはないのです。こんなグラウンドで走ってみたかった。それはともかく、この競技場からまた素晴らしい選手が巣立ってくれることと市民の健康増進につながる施設であり続けてほしいと思っています。

午後からは中央コミセンのサマーフェスタに顔を出しました。今年は4年ぶりに何の制限もない中でのイベントになりました。3階の講堂にはエチゴンのエアドームを設置し、子どもたちに開放していました。多くの子どもたち、地区の方々が来てくださったとのことですが、企画運営してくださったコミセンの役員の皆様に感謝します。ありがとうございました。お疲れ様でした。

投稿者: shigeno