今日も昨日に引き続き標記の研修会に参加しました。今日は授業づくりということで、授業のユニバーサルデザインについて学びました。このユニバーサルデザインというのは、バリアフリーと似ている言葉として耳にすることがあります。特に障害がある方にとっての「バリア(障壁)」をなくそうということは同じですが、ユニバーサルデザインとなると、障害のあるなしに関わらず、誰もが分かりやすい、生活しやすいということと受け取られています。ですから今日は、誰もが分かりやすい授業とはどういうものか、という視点で進みました。ただ、この誰もが分かりやすい、といっても、授業を行う上での環境整備という側面の話です。各授業における指導内容や課題提示の内容やアイディアについてのことではありません。具体的にいうと提出物を集める時、提出物を出してくださいと言うだけでなく、提出物を入れる箱を用意し、それぞれに提出するもの(連絡帳とか国語の宿題とか)を書いておく、というものです。こういうことは当たり前だと思われるかもしれませんが、なかなか徹底しきれていない現状ではありますので、先生方にとっては普段の教室内でのご自身の言動について振り返るきっかけになったかもしれません。・・・私が現職の教員だったころはこんな考え方も言われたこともなく、今振り返ってみると、今の先生方の授業や学級経営では足元にも及ばないような残念な教師だったような気がします。
今日の研修で私にとっての大きな収穫は、「特別支援教育における基礎的環境整備がまさにこの授業のユニバーサルデザインのこと。合理的配慮とはこの授業のユニバーサルデザインの次にあるものとしての個別の支援のこと」「授業のユニバーサルデザインではすべての生徒を救えるわけではない。このユニバーサルデザインの授業をしても救えなかった子どもが次のステップである特別支援教育にいくことになる」というものです。この二つのことが学べたことで、今議会の文教厚生常任委員会のテーマで進めているインクルーシブ教育の理解が少し深まりました。
私はこのように市教育センター研修にいくつか参加させてもらい、学校現場の状況や先生方からの生の声を聞くことができています。加えて、学校へも直接訪問させていただき、校長先生と話をしたり、授業を見学させてもらったりしています。これが議員9年目になり私のスタイルであり、教育を語るものとして、その実際の現場を見ることが必要不可欠なこととの考えからくる行動になります。他の議員は学校のことや授業のことを語ったり調査研究するにしたらどういうことをしているのかと思います。支援者からまた聞きとしての話を聞いた本を読むだけだったりするのであれば、ちょっと残念な気がします。どうしているのかなあと思うことがありますが、それはその人のスタイルがあるのでしょうね。

